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財布の紐はなぜかたい
昨年は、トラより恐ろしい税金の話をしてきました。要約すると一人の老婆が舅・夫・息子が相次いでトラに食い殺されたのに重税のかかる他の土地には移り住めないという話です。
税の制度というものは、どの時代に於いてもどの国に於いても、直接人々の生活に影響を与てきた大切なものです。
中国にこんな話があります。
「この凶作で財源が確保できそうもないが、良い対策はないものか。」と哀公が、有若(家臣)に訪ねると、「減税をなさることです。」
「減税?今でさえも足らないのにもっと減らせというのか。」「そのとおりです。人民の暮らしに余裕があること、それがあなたの財源です。人民の暮らしに余裕がないなら、あなただって余裕がなくなって当然でしょう。」と言ったそうです。
本来税金は国・地方を通じ公共サービスに当て、国民の暮らしを豊かにすることが目的です。しかし、将来国民に大きな付けが回ってくるような減税財源を借金(赤字国債)に頼っていては、国民は将来に対する不安を抱くだけです。
本区は区債残高(借金)517億円、国の減税に伴い区民税が減少し、国・都による補填もなく、できた借金は171億円で、区債の三割を占めています。本区は行財政改革の実施により、職員の削減、事業の見直しなど区民の皆様にもご理解を頂きながら、平成9年度29億6千万円、平成10年度18億8千万円の削減をしてきました。しかし、国の減税によって、すべて帳消になってしまいました。
少子化・超高齢化社会を前に老後の不安、子育ての不安、経済の長期低迷による先行の不安など、対処すべき問題が山積する中、理念なき財源論議だけでは、人々の財布の紐はゆるむはずがありません。
平成11年1月
子供から教わった一票の重み
選挙が近づく度に思い出すことがあります。それは、長男が幼稚園に通っていた頃、子供ながらに選挙の大変さを感じていたのかこんな会話がありました。今はもう中学生ですが…
子「今度選挙があったら、お父さんに一票入れるんだ。」
母「気持ちは嬉しいけど、二十歳にならないと一票もらえないのよ。」
子「じゃあ、僕と弟と妹と全部の年たして、一票くれるように区役所にお願いしてくるよ。」
母「六歳と四歳と二歳じゃ、全然足りないわね。」
子「どうしたらいいの。」
母「一人で二十歳持ってないと一票はもらえないのよ。」
子「一票持つって、すごーく大変なことなんだね。」
子供ながらに感じた一票というものですが、確かに一票が大きな意味を持つことがあります。前々回の江東区議会議員選挙に於いてわずか0.3票差で当選を分けてしまった事実もあるからです。しかし、この一票の重さというのは、候補者側からの言い分であって、『本当の一票の重みとは、選挙民の区政に対する願いであり、議員に託された重さ』なのだと思います。
選挙権が平等に与えられるようになるまでも長い歴史を持った一票、民主主義において、議員は投じてくれた一票を尊ぶ気持ちをけっして忘れてはいけないと思うのです。そして皆さんには、議会は多数決の世界であり、議員の構成メンバーで流れが変わってしまうということを知った上で、一票を大切にして頂きたいのです。一人でも多くの方が区政に参加することによって、区政は変わるはずです。そして、国政をも動かすのです。今年は統一地方選挙の年、区民の皆様が直接区政に参加できるチャンス!『うっかり一票、がっかり四年』にならぬよう願わずにはいられません。
平成15年1月
『理想掲げ現実は棚上げ』教育改革
「怖い話をしましょうか」そういうと東京大学の苅谷剛彦助教授の話で小学校の教師へのアンケートで「分数のかけ算・割り算を教えることが出来る、と答えた先生はたった三割なんです。子供が算数をできなくなるのも仕方がないいですね」教師の学力問題は教育会界ではタブなのですと言われた事を今思い浮かべている。文部省は今、大きな教育改革を進めている。「学校にゆとりを増やすこと」もテーマの一つで、
2002年からの新しい学習指導要領によれば小中学校では教育内容が三割減らされる事に成る「結果として、学力が低下し、それもとどまることはない」と、高齢社会によって2025年には二人で一人のお年寄りを支えなければならなく也「労働生産性を高めないと現在の生活水準は保てない、そうゆう時代を将来、子供は生きていくのに労働力の『質』まで低下させて大丈夫なのでしょうか何を身につけるべきかの論議も教育目標の「生きる力」このような美しい理想論的言葉で語られ学力の低下を問題にされても「かけ算ができなくとも生きる力があればいいじゃないか」といつてしまう、こわさ。
ある進学校の校長先生はこうもいっている。小中学生にゆとりはない今学ばなくていつ学ぶのか、小中学から大学まで学力の低下は何処に起因しているのだろうか、人生は人の出会いできまる、教師像、学校像が近代を境に大きく変わった。
『荒れる塾』や『授業のできない予備校』がないのはなぜなんだろか…
平成11年5月
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