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大臣病・役職病
政治の場で自分の主義主張を実現させる為に上に行くのか,自分の名誉・利益の為にのし上がるのか、大きな開きがある。前者は国民の福利厚生、国家安泰をはかり、後者は利権につながり政治の腐敗を招く。近年、仕事への情熱・やりがいが、役職の持つ権能・権限に胡座をかき、その権力・権限のおいしさ、魅力に負けてしまった人々の不祥事が増加したのか、明るみに出るようになったのか、とにかくそう言ったたぐいの不祥事が多い。「初めから悪を持って職に就く者はいないと思う。何かが違うと思いながらも、肩書きを持ったとき倫理観が慣習に飲み込まれ本来の職務を違えてしまうのであろう。
政治家と官僚の倫理観の軽視が金力に支配される傾向に歯止めをかけることができず、大きく信頼を失ってしまった。
『政治家になっても政治屋』にはなりたくない
政治の世界では、政治生命という言葉を良く聞きもするし、言われもする。不祥事を起こした者が大手を振って政界に生き、自分の出世・役職の為のみの駆け引きに使われる。党利党略・選挙区の都合で政治活動の場が制約される。本来の目的を見失い、「政治生命がなくなる。」とか、「将来の芽がなくなる。」とか言われ、政治信条を譲る。また、その言葉に振り回されたり、判断の基準をそこに持っていったりもするのである。きっと、選挙民が議員の政治生命や将来に付き合わされていると知ったら、「たまったものじゃない。」と思うであろう。
しかし、政治の世界では、政治生命が強い方を選択することは悪とはされていない。こうなると誰のための政治なのかわからなくなってしまう。確かに、政党を敵に回し落選しては何もできないし、組織力なしでは役職を手に入れたり上に行くことが難しいのも現実である。だからこそ、組織の上に立つ者が、議員が萎縮せずに選挙民の立場に立ち、行動できるようにしてあげなければならないのだと思う。初めから悪を持って職に就く者はいないと思う。何かが違うと思いながらも、肩書きを持ったとき倫理観が慣習に飲み込まれ本来の職務を違えてしまうのであろう。今日、戦後五十年を経て、経済優先の社会が秩序の崩壊を招いてしまったのも政治家の責任だと思う。今の政治家を見て政治家になりたいという若者がどれだけいるだろうか。国家・天下を論ずる前に政治家の不祥事・倫理の欠如のみが指摘されがちであるが、現代に於いて政治家を利権に走らせたのも物質優先社会であると思う。政治にたずさわる者として、政治活動の戦乱の中では、勇気はめったに単純な形では表れることはないし、正しい方向は必ずしも明瞭ではないが、その課程に於いて政治家に成っても『政治屋』だけにはなりたくないと思う。今の一歩が、必ず明日へつながることを信じて努力は続けて行く。人は生きていく上で、立場は違っても等しく良心の義務を果たさなければならないと思うからだ。
平成9年12月
選挙の思いで
いつの選挙だったか、私は演説会場で集まって下さった皆さんに、「私の考えが駄目だというのなら、私に投票して下さらなくて結構です。どうか、選挙にだけは行って下さい。」と訴え、後で後援会幹部にしかられた記憶がある。みんな自分の仕事を投げ打って、連日、私のために当選めざし、一票でも多くと、必死に動いて下さっているのだから、当然のことである。もちろん私は、高をくくって言ったわけでも、驕っていたわけでもなく、純粋にそう思い、しゃべってしまったのだ。とにかく余計な心配ばかりかけている皆さんには、本当に申し訳なく思っております。
私の自慢でもあるボランティア選挙も考えてみれば、動いて下さっている皆さんが、ただただ素晴らしいのだと頭が下がります。ハラハラドキドキ、選挙が強くない私は、みなさんにどんなにご苦労をかけてきたことか。日頃、選挙活動よりも議会を優先させ、議会活動できるよう支え、見守って下さっている皆様方に心から感謝の気持ちでいっぱいです。
呼びかけ
手作り選挙に参加して下さる方がいらっしゃいましたら、どうぞ宜しくお願いいたします。
桃太郎・ちゃりんこ部隊・カルタ取り・朝立ち ふんどし抱えてあちらこちらの演説会場……と色々ありますが、頼りになるのは皆様方です。
『シロちゃん元気だ。白岩忠夫 元気、元気の白岩忠夫でございます。』
平成15年4月
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