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我 が 子 へ の 手 紙
時代が変わっても変わってはならないものがある。それは、『流した汗が報われる社会』である。
「世の中を変えるには、教育が先か政治が先か。」友との議論、そして、ボランティア活動の中で世の中の矛盾を痛感し、奮い立って私は、地方議会を志した。それが議員白岩忠夫の第一歩である。
昨今、世界各地で起こる事件、事故、地震や風水害、戦争に飢餓、人災にせよ天災にせよ、同じ人間がうろたえ苦しみ、不安と絶望の中にさまよう姿は耐え難く目を覆いたくなるほどである。宗教戦争とう名の下に行われる殺し合い、子供、老人までもが、悲痛な叫びの中、大地に血を流す。飢餓でやせ細った子供の姿がテレビに映し出された次の瞬間には、犬や猫のフードの贅沢なCMが流れる。私の心をよぎる疑問。これが、まさに現代社会である。国内においても、次々に予期せぬことが起こりうる今、変わるはずのない秩序が時代と共に変化し、価値観さえ、変貌させてしまったのではないだろうか。戦後五十年、今第二の激動の時代がきていると思う。この波をどう乗り切るかが、今の私たちにかせられた仕事であろう。政策なき政治は国民を不幸にし、モラルなき指導者は民主主義を崩壊に導く、しかし、「正しいことを正しい。」と訴えつつ苦しむ自分が居ることも確かだ。政治社会独特の機構の中で、重く厚い壁が、そう安易には前に進めさせてはくれない。「何かが違う。」と、自問自答しながら理想と現実の狭間で喘いでいる。常に自らを正すと共に、国民が政治家を堕落させることのないよう願っている。
我が子ども達よ、私は君たちのために財を残すことはないだろう。しかし、流した汗がきっと報われる日を信じて、道理は示しておく。二十一世紀は君たち若者が担う番だ。時代に流されず、時代を見据えしっかり地に足をつけ、目的を持って生きていってほしい。どんなことでも、乗り越えられるはずである。そして、生きていれば必ず人生巻き返しがきくことも忘れないでほしい。どんな時でも、私は君たちを応援し続ける。 父より
平成7年8月記(政治家の父から子供へ宛てた手紙の原稿依頼より抜粋)
政 策 は 誰 の た め
昨今の政治は、地方議会から国政まで、一体どうなっているのかと思う。地方議員の端くれである私でさえ、そう思うのだから選挙民である人々はもっと腹立たしく思っていることでしょう。民主政治は、国民を主権者として尊重し、その声に耳を傾けながらも、これをリードする政治でなければならないはずなのに、政治家が権力闘争に走り、主導権を握ることだけに日夜奮闘していたら、正しい政治はできないと思うのである。
選挙民にとって政策一つをとってみても、それが正しいか間違っているかを見分けることは難しいことです。だからこそ託された議員は、選挙民をごまかしたり、欺いた政策を行ってはいけないわけです。また、媚びた政策であってもいけないのです。
党利党略の為の政策であってもいけないのです。国政においては、目先の対処に目を奪われていては、国家百年の大計を誤ってしまうことにつながるでしょう。地方行政においては、より身近な行政ゆえに、すぐに跳ね返ってきます。当然のことながら、政策は人々の暮らしを良くする為のものでなければなりません。
政治家、官僚、財界の不祥事、大型金融破綻が相次ぎ、金融・経済危機に少年犯罪等、多くの問題を抱える現実を見た時、政治はどう対応すべきかを問われる今、国政、地方議会をとわず、本分を忘れている暇はないはずです。
私は五期20年間の議員生活を通して、信念が揺らぎそうになったときは、初心を思い出し、私に一票を投じてくれた方々のことを思うことにしています。
平成10年8月
いじめの本質は大人の世界にある
子供は真っ白な心で生れて来る。
育てた親がいる。ふれあう人がいる。
最近の善悪の区別は、モラルの善悪ではなく、自分にとって都合の良ければ善、都合が悪ければ悪と、都合主義から来ているように思う。違ったものさしではかっている人に、「それは違うよ。」というのは、大変むずかしいことである。
大人の世界と子供の世界、全く同じ現象を見ることができる。
子供たちのいじめが大変な問題になっている昨今、子供だけを見ていては、そう簡単に解決できるようには思えない。
21世紀を担う子供たちの為にも、まず、大人達が意識をしながら行動し、示していく必要があると思う。大人が変われば、きっと子供たちも変わるはず。
『子供はモノマネの王様、環境の子』ですから。
平成9年7月
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