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思 う こ と
私は二十八歳の時、世の中の矛盾に対する正義感から、志を同じにする仲間に推され、区議会を目指しましたが、当時は正義感だけでは、そう簡単には世の中は動かず、落選の憂き目にあいました。しかし、私の志はそんな事に屈するほど浅いものでもなく、支えて下さった地域の方々、友人の熱意も強く、活動を続け、三十二歳で初当選いたしました。以来、この思いを忘れたことはありません。時に、私の議会活動に於いての信念も、頑固で生意気とひと言でかたずけられてしまうジレンマに陥る事もあります。しかし、今日、信頼を損ねた社会では、二十一世紀に向けて、今こそ襟を正す勇気が必要であることも確かです。
「国が正しくある為には、指導者が正しくあらねばならぬ。」というごく単純な結論に要約されることを議長の任に就き尚一層強く思うのです。正に基本が大切「初心」に返れば成すべき事がはっきり見えてくる。
「民主政治は、国民を主権者として尊重し、その声に耳を傾けながらも、これをリードする政治でなければならない。」と、私はいつもそう考えております。そのことは、区政に於いても同じであります。
その昔『幸せ』は『仕合せ』と書いたそうです。自らが他人の為に何を出来るかを考え行動した時、本当の幸せがやってくるそうです。私の議会活動が皆様にとって希望の持てる明日につながるよう二十一世紀を見据え、時代の課題に積極的に立ち向かって参ります。
平成9年4月21日 議長就任
『耳には耳の痛いことばかり
胸には無念なことばかり
それが わが玉を磨く砥石となる』
(菜根譚より)
「人生は出会いで決まる。人生いろいろ、毎日嫌なことばかりと腹を立てて過ごすか、その度に自分を励ます言葉として噛み締めるかで人生はまるで違う。
良き師を持ち、良き教えを心に刻みつける。
その出会いの決め手は素直さにある。」と学んだ。私は今日まで沢山の人たちに育てて頂きました。そしてこれからも、多くの出会いを大切にして行きたいと思います。 もし、私の話が心にとまれば、これも一つの出会い となることでしょう。
平成9年4月 議長就任
一国の政はなお一身の治のごとし、 治まるゆえんを知らず
いったい、この国はどうなってしまっているのだろう!
相も変わらず、政治家、経済界の不祥事が続く、改革政策の中身のない言葉遊びに、国民は劇場政治に酔いしれているうちに、主役が途中で舞台からおり無責任にも連れ添うように役を放り投げ出してしまった大臣もいる、しかし国民は怒りすら忘れてしまうほど自分を見失ってしまったのか諦めか、格差の拡大、教育のあり方が問われ、未履修、いじめと自殺、子が親を殺し、我が子を手にかける母親、この国は病んでいる。人間は健康で有るとき、自分のからだの働きを意識しない。なぜだかわからぬがともかく健康、というのがもっとも望ましい状態なのでる。 一国の政治もこれと同じで、あれこれ策を弄せず、自然のうちに治まっているのが最上、というわけである。
これは戎国の使者由余が、秦の繆公(穆公)に語ったことばである。蛮族の国から使者が来たということで、繆公は得意顔で引見して、こうたずねた。「われわれ中原の国は、詩書、礼楽、法度によって国を治めているが、それでも騒ぎが絶えない。貴国などはなにも基準となるものがないようだが、さぞかし国を治めるのはむずかしかろう」由余はにっこり笑って、「それはむしろ逆で、中原の諸国は基準に頼っているために騒ぎが絶えないのです。そもそも政治は人間と人間との信頼によって成り立つもの。基準とやらをもちこみ、それに頼ったところに政治の堕落が始まったのではありませんか。為政者(政治を行なう人)に徳があり人民に信頼があるならば、国は自然のうちに治ります。ちょうど健康な人間のからだのように…」と。 「史記」秦本記
孔子は為政者が権力をかさに着て、法律万能の政治を行なえば、人民は法律のぬけ穴ばかり探す恥知らずになるだろう。徳治主義に徹し、礼をもとにして秩序維持をはかるならば、人民は恥を知り、不正を働かなくなるだろう。
国が正しくある為には指導者が正しくあらねばならぬことを改めて思い起こさねばならない。
平成18年11月
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