|
世直しは地方議会から
金持ちになって人並み以上の贅沢な生活がしたいというなら実業家になれば良い。」と元衆議院副議長の鯨岡代議士の所に結婚前、挨拶に行った時に言われた。一瞬戸惑ったが、最もな話だと思った。私も小さな建築会社の社長ではあるが、地方議員といえど議員の姿勢が問われたのではないだろうか。倫理観の欠如は社会までも変えてしまう危険性をもっているからだろう。
今日、中小零細企業は死ぬ苦しみを味わい、日々奮戦している人々がいるというのに、また失業者も例年になく多い中、政治家の生活は相も変わらず贅沢に見える。選挙や日常の政治活動にこんな莫大な金が掛かるのを仕方のないこと、当たり前のこととでも思っているのか。都内の一流ホテルで開かれるパーティーは政治の腐敗・堕落と無関係であろうか。そういうことが政治家の甲斐性であって、それのできる政治家が大物政治家で、それのできない政治屋は陣笠政治家だと世間も思い、当人もそれを疑わないとしたら、政界の腐敗と堕落はとめどなく進むであろう。何故ならば、本文がおろそかになるからである。
いつか国民は政治に対して不信感を抱くだけにとどまらず、ついには憤りを爆発させる日がくるのではないだろうか。今政治家にとって最も大切な資質は、一億国民の倫理観に耐え得るものでなければならない。「理想だよ、それは。」と言った時から政治は大きく後退するであろう。
今、私は政治倫理の見直しと確立の為、地方議会からその道を求めてひたすら進んでる。
お や じ に 勘
当 さ れ た 日
平成9年12月24日、クリスマスイブの日、形だけの党規委員会が開かれた。自民党本部を去るとき、ふと目にした一階の売店に、一枚の色紙が私に語りかけるように飾ってあった。まるで、親から勘当された時に、おじいちゃんから優しく「頑張るんだよ。」と声をかけられたような気がした。
私は、二十代前半から青年部活動を通して自民党と四半世紀かかわってきた。それ故に自民党の今も昔も知っているつもりだ。そんな私を心配し、自民党の幹部の先生が、「今どき君のような正義感に燃えた人間は貴重だ。将来有望な可能性のある人材を失いたくない。組織を相手に、今そこまでして戦うことはないだろう。」と、『議長一年交代のたらい回し』の慣例を守るよう話があった。しかし、組織の力を充分承知の上で、覚悟は決めていた。党が私一人を除名したところで党が傾くわけもない、それよりも大切なことがあると感じたからだ。信念を曲げることは、私を選んでくれた人たちを裏切ることになるし、顔が立つとか、立たないとか、都合、不都合で政治をやってはならならと思うからである。
愚痴を言うな 泣いたって駄目だ 怒ったら なお駄目だ
しかたがないと 諦めたら それでおしまい
かくなる上はと 覚悟して 決心したとき 道はひらける
鯨 岡 兵 輔 (元衆議院副議長)
議長の任期は四年である。しかし、議長一年交代では実質問題に対応できず、単なる名誉職に終わってしまう。今日、地方の時代が問われ、地方分権が大きな潮流と成りつつある時、議長会に於いて都区政度改革の大詰めを迎え、また議長会あり方検討委員会も最終段階に入り、とても大切な時期であった。そして、本区に於いても議会改革(区政調査費・海外視察中止・交際費・議会の情報公開)へ、一石を投じずにはいられなかった。
私はふと、小錦が引退後、綱取りがかかっていた時期のことについて、「自分は相撲というものをただただ一心に頑張っていただけなのに、人種差別うんぬんとの発言がマスコミで流れてしまった。どうしてこんなに駆け引きなしに相撲に取り組んでいるのに、自分の気持ちをわかって、協会やマスコミが救ってくれないのだろうと感じていた。」と語っていたことを思い出した。
平成10年1月8日、私の自民党除名が決定した。
平成10年1月
ページの先頭に戻る
|